メガバスPOP-MAXはなぜ特別なのか|手に入らなかった時代を知る世代が語る理由

私が釣りを始めた頃、日本のバスフィッシングは
Heddon や
Rapala のような外国メーカーの影響を強く受けていた。

輸入ルアーは憧れだった。
独特のフォルムとカラーリング。
パッケージを眺めるだけで、どこか遠い国の匂いがした。

それはそれで格好よかったし、当時の空気を象徴する存在だった。

そんな中で、静かに異彩を放っていたのが
メガバス だった。

ショーケースの奥に並ぶ
POP-X や
DOG-X は、
それまで見てきたルアーとは明らかに質感が違った。

リアルというより、精密。
大胆というより、緻密。

光の当たり方で変わる塗装。
立体的な鱗。
計算されたシルエット。

それは、釣るための道具というより、
工芸品のように感じられた。


手に入らなかった時代のメガバス

だが、その輝きは簡単には手に入らなかった。

入荷は未定。
入ってきても数はわずか。

欲しい、という気持ちはあった。

けれど、何度も店に足を運ぶうちに、
心のどこかでこう思うようになっていた。

「どうせ、手にはいらんし。」

それは悔しさというより、
半ば、諦めに近い感情だった。

値札の横に貼られたプレミア価格。
ポイントを貯めた常連だけが得られる購入権。

自分にはまだ届かない世界。

だからこそ、
メガバスは特別だった。


偶然の再会 ― 中古で見つけたPOP-MAX

それから年月が流れ、
私はしばらく釣りから離れた。

そして再びロッドを握るようになった頃、
ある日ふらっと立ち寄った中古ショップで、
思いがけない光景を目にした。

棚の一角に、他のルアーと一緒に袋に入れられ、
何事もないように吊るされている一本。

POP-MAX だった。

思わず足が止まった。

「えっ。」

ガラスケースの中ではない。
特別な扱いもない。
ただ、普通の中古ルアーとして並んでいる。

しかも、その値段は
今の人気メーカーの中古価格よりも安かった。

あの頃、手にはいらなかった存在が、
今は何気なく吊るされている。

時代は変わったのだと思った。

それでも。

オレらにとっては、やっぱり違う。

POP-MAXは、POP-MAXやねん。
そして、メガバスは、メガバスやねん。

値段でもない。
陳列の仕方でもない。

あの頃に刻まれた記憶が、
今もその一本に宿っている。


芸術であり、道具でもある

時代は変わった。

かつては手に入らなかった
POP-MAX は、
今では普通に店頭に並び、
中古ショップにも吊るされている。

特別扱いは、もうない。

けれど――

私の中では、何も変わっていない。

棚に並べて眺めるとき、
塗装に光が当たる瞬間。
ブラックボックスを手に取る重み。

それは、やはり芸術だと思う。

同時に、水面に投げれば、
あの独特のポップ音とスプラッシュで
確実に魚を引き寄せる。

見た目だけではない。
性能もまた、完成されている。

だから私は、同じ色を二つ買う。

ひとつは飾るために。
ひとつは投げるために。

POP-MAXは、ルアーか。
それとも芸術か。

きっと、そのどちらでもある。

かつては手が届かなかった存在が、
今は自分の意志で選べる。

それだけで、十分だ。

だから、今日もまた一つ増えていく。

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